万世大路 大瀧宿

  福島県福島市から、山形県を経て、秋田県秋田市に至る国道13号線。
  起点側・福島市街を過ぎると間もなく、栗子の山越えに差し掛かる。

  現道の1代前の「万世大路(ばんせいたいろ)」の建設基地として1877年(明治10年)に設けられ、その完成後は難所・栗子峠麓の宿場町として
 重要な役割を担ってきた。
  しかし1899年(明治32年)に奥羽本線が開通したことにより、宿場町としての機能は失ったが、大正昭和も人々の暮らしは続き、昭和10年頃には
 40世帯を超える程であった。
  現在の東栗子・西栗子の両トンネルのルートで開通したのが1966年(昭和41年)。
  そして1979年(昭和54年)に最後の住民が離村し、100年余に亘った集落の歴史が閉じられることになった。
  1985年(昭和60年)頃には茶屋や芝居小屋などが設けられ、観光拠点としての試みがなされたが、それも今は昔話となっている。

  2006年(平成18年)の秋も深まった11月、山里に人々の暮らしのあとを探した。


  1)分岐点

  現在の場所はここである。

  栗子峠を車で通過する際、この標識がいつも気になっていた。
 そして今日ついに、ここを曲がるという行為に出ることになった。

  交通量が多いので、路肩に車を止めて冷や汗タラタラの撮影。







  「
 水汲場
  みんなの水場です
  みんなできれいに
  花崗岩から湧き出
  ているおいしい水
  です。
  ゴミは置かない
       捨てない
  洗車はしない
  工事用車両に注意

    水の里
大瀧


  私も両手で一すくい頂いてみた。美味。

  ここから先は、種々様々な看板を見ることになる。


 

  現道の下を潜ると、すぐに砂利道になる。
  左手は資材置き場?


  1棟の小屋の屋根になんか書いてあるけど、ここからはよく見えない。
  では、一旦現道に戻って!

  ...
  そういうことですか。

  現道から見えるように書いているようだけど、乗用車では無理っぽい。
  上り車線では尚更。






 2)茶屋?と蕎麦屋? 

 


  赤い橋(名前失念!)で「小川」を渡ると、橋の袂に2軒の飲食店が。
  でも営業している様子はない。  平日だから?
  建物自体は、どちらもそれほど傷んでいる様子がない。
  蕎麦屋のほうは、黒板にホームページのアドレスも書かれているから、休日などは営業しているのだろうか?

  茶屋?のほうは、手前に囲炉裏小屋のようなものが建っていて、岩魚でも焼いて食べさせるのだろうか?
  壁板代わり(?失礼)に「万世大路を観る」というパネルが掲げられている。
  「1人では行かないでください」という一文には、思わず苦笑。

  ?がいっぱいの文章になってしまった。

  3)小学校跡地?


  奥に進むと、小さな広場が見えてくる。
  小学校が建っていたようにも見えるが、それを確証させるものはない。











  「25年前までここにも
   一つの村が有りました
   私達の大切な
   ふるさとです ごみを
   捨てないで!
     大滝出身者会












  何かの建物の鉄骨の骨組みだけが、川縁に捨てられるように置かれている。

  私が訪れたのは、紅葉も終盤の頃。
  今頃は雪も降り出しているのであろう。









  「
池のは盗まない

  ここにはどんな魚がいるのだろう?
  藪が酷過ぎて、池に近づく気にもなれない。










  「 不法投棄が後を
   たたないため
   監視カメラを設置
   しました 5日毎に
   消去してプライバシイは
   守られます 地主


  辺りを見回したが、監視カメラも不法投棄と思われるゴミも見当たらなかった。







  4)分岐点

  「大瀧示現不動幕参道●●
   ●●●●

  ???
  すっかり錆びきって判読困難な看板?と、炎のオブジェ?

  砂利道の旧道から、左手に林道らしき細道が分かれていく。









  この奥には、なにやら滝があるらしい。
  しかも3つも?

  林道?は、普通自動車がやっと通れる位の巾しかなく、また気が狂ったかのように
 勾配がきつい。
  滝なんて本当にあるのかと半信半疑で乗り入れてみたが、怖くなって途中で引き返して
 しまった。

  カメラの調子が悪く、変な写真になってしまったが、そのまま載せることにする。









  

  巨大な廃看板の傍に建つ、物販小屋。
  「山菜・きのこ直売」と書かれているが、例によって営業している気配はない。

  何気なく小屋の裏手に回ってみると、なにやら看板が。
  なんと、あの鬼県令の歌もあるではないですか!
  って、それ以外の歌は、ほとんどが昭和49年と51年に詠まれてるんです。
  よく分からない。
   ※写真をクリックすると、看板の拡大写真が見られます。↑
    (ブラウザの「戻る」ボタンで戻ってきてください)




  蔓延る雑草に埋もれそうに、祠が並んでいた。
  冬は深い雪に埋もれてしまうのだろう。













  祠の向かい、川沿いの廃屋。

  どんな人が住んでいたのだろうか、
  あるいは、どんな物が置かれていたのだろうか。。。











  5)芝居小屋?

  

  やがて右にカーブしながら、「大瀧澤」を渡る橋に差し掛かる。
  (橋の名前は失念(悲))

  
前方に1台、車が止まっている!



  ...
  実は、私の車でした(爆)


  進路右手に、芝居小屋ふうの建物が見えてくる。
  芝居小屋に入ったことは未だかつて一度もないが、外回りから察するにこじんまりした
 佇まいである。

  旧道に面した側には、まるで冬の雪囲いのように看板が掲げられて?いた。
  (後付けかも)

  旧道を挟んで向かい側には、資材置き場のような区画や、駐車場だったと思われる
 区画も見られた。








  その隣の、屋根が朽ちかけた車庫。
  軽自動車サイズ?

  ラッパスピーカーは、何を喋るのだろうか。












  6)船とスズメ

  

  ...
  くどいようだが、ここは、奥羽山脈に程近い、と言うか、ほとんど奥羽山脈の中と言っても良いくらいの「大瀧宿」である。
  海にはかなり縁遠い土地であるのだが...

  ここ数年の間に、ここに置かれたように見えるが、詳細は全くもって不明。


  道路の向かい側には、なにやら意味不明な一角がある。
  なんでも、ボランティアで公園を造ろうとしていたのだけど、(何らかの機械の)
 「アタッチメント」なる物が盗まれたので返してもらいたい。と言う主旨らしい。
  でも。

  こんな看板わざわざ書いて掲げる暇があったら、とっとと警察に被害届出したほうが、
 よっぽど早く
解決するのではないかと思うのだが...
  犯人がまたここに来るという保証はないし。
  だいたい、いつ被害に遭ったのかも、犯人は捕まったのか否なのかも分からない。
  それに...ログハウスって...どこ?

   ※写真をクリックすると、看板の拡大写真が見られます。→
    (ブラウザの「戻る」ボタンで戻ってきてください)





 

 

  「すずめのお宿●」
  「おいしいコーヒー500エン」
  建物の脇に戸が外れているところがあって、中の様子を覗けるようになっている。
  「大きなざる」や「ポット」等が置かれているが、生活感は感じられない。

(その1・終)

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